ASTROLOGY


天体の運動と人間活動




SOLAR SYSTEM




太 陽 系 の 特 長
著 し い 規 則 性


著しい規則性


惑星の公転運動に見られるケプラーの法則という
著しい規則性は万有引力の法則で説明することができる。

太陽系には物理学の法則からだけでは説明できない以下のような特徴が見られる。

☆ 惑星の軌道面の傾きが小さい。

地球軌道面である黄道面に対する惑星の軌道面の傾きが小さく、9個の惑星の軌道面はほぼ一致している。

傾斜角度が一番大きいのは
冥王星で17.1度、次は水星の7度である。他の惑星は3度以下である。

☆ 惑星の軌道は円に近い

冥王星と水星は離心率がやや大きいのであるが、他の惑星は非常に小さく、ほとんど円とみなせる。

☆ 運動の向きの一致

惑星はいずれも地球と同じ向きに公転しており、その向きは太陽の自転の向きと同じである。惑星の自転の向きも、金星以外は同じである。

☆太陽・惑星間の平均距離の規則性

太陽から各惑星までの距離は、ボーデの法則と呼ばれる法則により簡単な数列で示されている。

この法則が発表された1772年以後発見された小惑星ケレスと天王星はこの法則に当てはまっているが、海王星と冥王星はこの法則から外れている。

☆ 惑星の質量分布の規則性

木星の質量を最大として太陽に近づくほど、また遠ざかるほど小さくなる。

火星より内側の質量が小さい惑星と、木星より外側の(冥王星は除く)質量が大きい惑星と2つの型に別れる。

☆ 化学組成の類似

地球型の惑星や月、隕石には水素とヘリウムのような軽い元素はわずかしか存在していないが、それ以外では太陽と惑星、隕石の化学組成はよく似ていて、宇宙の平均的な化学組成とほぼ同じである。




太陽系概略




太陽日・恒星日

地球は1日に1回自転しつつ、1年かけて太陽のまわりを公転しているため、地上から見ると恒星が自転と逆向きに1日1回転しているように見える。

この見かけの運動が
日周運動である。

地球の大きさに比べて恒星までの距離ははるかに大きいので、地球上のどこから見ても恒星はほとんど同じ方向に見え、恒星相互の配置も変わらない。

地球を中心として巨大な球面(天球)があり、この天球上に恒星が固定されているとみなしても、観測する上で差し支えない。

地球の公転につれて、太陽が天球上を恒星の間を西から東1年かけて1周するように見える。

太陽のこの動きを太陽の
年周運動といい、年周運動による天球上での太陽の経路を黄道という

1日は、地球の自転をもとに決められている。

日周運動により、春分点が南中してから次に南中するまでの時間を
恒星日といい、太陽が南中してから次に南中するまでの時間は視太陽日という。

恒星日は地球の自転周期にほぼ等しい。厳密にいえば、春分点が歳差により日周運動と同じ向きに移動しているので、恒星日のほうが0.009秒程短い。

太陽は日周運動とは逆向きに移動しているため視太陽日は恒星日よりも4分ほど長い。

ふつう1日といえば、平均太陽が南中してから次に南中するまでの時間である平均太陽日を意味する。


時刻

時刻は、平均太陽時に基づいて、
1秒は1平均太陽日の86,400分の1として決められていた。

地球の自転が1定していると問題ないが地球の自転は、海洋の潮汐などによるブレーキのため、自転周期は100年間に平均1.6ミリ秒程度の割合で長くなっている。

その上に、大気や海水の移動などの周期的変化や不規則変化などに応じて、自転周期は最大で10数ミリ秒の変化をしている。

地球は一様に自転していないため、
1967年からはセシウム原子時計の進む時間に基づいて1秒が決め直された。

1972年からは自転により決まる世界時との差が0.9秒以内におさまるように原子時に1秒刻みで調整を加えた「協定世界時」が採用されている。

1年は太陽のまわりの地球の公転に基づいて決められている。

特に地球の公転周期を恒星年と呼んでいる。太陽が年周運動である春分点を出発してから再び春分点に戻るまでの時間である。

恒星年の365.2564日に対して、太陽年は365.2422日である。

これは歳差の影響で、春分点が1年間に角度で約50秒の割合で黄道上を年周運動とは逆向きに移動しているので、太陽が1恒星年で1周するより前に春分点に達するために太陽年が恒星年より少し短くなる。

19世紀後半には、天体の位置観測結果が天体暦と比べて誤差があることがわかり大きな問題になった。

これは、天体観測の時刻スケールであった世界時が、地球自転速度の変動により一様性を欠くことから誤差が生じていたのであったが、このことが明らかになったのは20世紀半ば近くになってからであった。1

地球の自転よりも、天体力学から運動が良く把握されている地球の公転に基づく時間が基準としてふさわしいと考えられた。

地球の自転速度の変動はまだ理論的に予測ができないが、公転運動はニュートン力学を基にして予測できるので、理論的に予測された黄道上の位置に太陽がきた瞬間を基準にして時刻を決めれば、一様に進む時刻が得られることになる。

これが天体暦を表わす時刻システムであり、
暦表時と呼ばれ1955年から採用されているものである。

実際の決定は、太陽ではなく月の公転運動の観測を基になされている。





陽や月、惑星の動きに見られる規則正しさは、自然界に厳然とした秩序、周期性があることを教えている。

ニュートンの万有引力の法則は、天体の運動が数理的に理解できるものであるとの確信を与えた。

太陽系の秩序を全宇宙に拡張する手段を与え、精密な数理科学としての天文学を確立することになり、自然科学の目覚ましい発展を促すことになった。

アインシュタインの一般相対性理論が最初に検証されたのは、水星の近日点移動の説明であり、太陽によって遠い恒星からの光が曲げられる現象の観測であった。

また、核融合反応が現実のものであることは、太陽熱源の解明で明らかにされたのである。

1960年代に宇宙開発が急速に進展することで、太陽系の天体の理解が格段に進歩した。

そのことは、同時に私達の住む地球自身の理解も格段に進歩したことを意味している。

太陽や月、主要な惑星は肉眼でも見ることができるため、星座とともに6,000年以上も前から観測が続けられてきた。

日月食の記録もB.C.2,000年以前にさかのぼるが、B.C.600年頃には
サロス周期(約19年11日で日月食の繰返)がバビロニアで見つけられていた。

古代ギリシャでは丸い地球の大きさを測ったエラストテネス、太陽系の構造の輪郭を完成したヒッパルカス、天動説を集大成し『アルマゲスト全13巻』にまとめたプトレマイオスなどの研究が知られている。

5世紀頃からキリスト教が勢力をのばし、天動説(地球中心説)以外は認められず
約1,000年間の長期にわたって天文学の進歩は止まってしまった。

コペルニクスからニュートンにいたるおよそ200年は太陽系の構造が確立した輝かしい時代であった。

コペルニクスの地動説を理解しその考えに従って惑星運動の3法則を経験的に見つけたのはケプラーであった。

ガリレオが望遠鏡による初めての天体観測を行い、木星の四大衛星を発見するなど地動説の観測的な根拠を確実にした。

ニュートンは、運動の3法則を見つけ、月や惑星の運動や地球上の落下運動などの考察から発見した万有引力の法則を発見した。

同じ頃に彼はプリズムで太陽光をスペクトルに分け、後に分光学が天体物理学で重要な役割を担うことの基礎を作った。

太陽を中心にして、その引力を受けて公転している天体は9個の惑星だけではない。

およそ6,000個近くの小惑星・彗星・流星物質など無数の小天体が太陽の引力を受けて、ケプラーの法則にしたがって軌道運動をしている。

水星と金星以外の惑星では、そのまわりを回る約60個の衛星が発見されている。これらの衛星は母惑星とともに太陽のまわりを回っている


ガリレオが望遠鏡によって木星の4大衛星を発見したのが1610年で、1600年代は土星の輪の確認や衛星の発見があったが、その後1世紀の間は太陽系の新天体の発見はなかった。

1781年 ハーシェルが天王星を発見、数年後天王星の衛星2個、土星の衛星2個を発見。

1801年 ピアッジが、火星と木星の軌道の間に小惑星第1号ケレスを発見、小惑星は現在まで約6,000個近く発見されている。

ガウスの「軌道論」、ラプラスの「天体力学」などが、惑星や月の運動理論を展開し天体力学の大きな発展をなしとげた。

1846年 ガルレが海王星を発見。 1930年 トンボーが冥王星を発見。

ニュートンの時代にはパリ天文台やグリニッジ天文台が創設され、天体位置の精密な観測を、時間や時刻、地球上の位置決定(航法)などに役立てる位置天文学(実地天文学)が発展し、実用的な天文学が確立した。

現在では、人工衛星から地球を眺めることができるため、地球が自転や公転をしていることを直接観察できることができるが、地上で得ることのできる直接的な証拠がある。




公転の証拠・年周視差

地球が公転しているために地球から見た恒星の方向が1年周期で変化し、天球上で長軸が黄道に平行な楕円を描いて見える現象である。

年周視差は、角度にして1秒にも満たない非常に小さい値であるため、なかなか検出できなかった。

長期間にわたる観測努力の結果1838〜39年に、ドイツのベッセル、ロシアのストルーベ、イギリスのヘンダーソンの3人がそれぞれ独立して検出に成功したものである。

公転の証拠は、年周視差に先立ち年周光行差という形で発見されている。

年周光行差も年周視差と同じく、恒星が天球上で長軸が黄道に平行な楕円を1年周期で描く現象である。

地球の公転運動の向きは1年周期で変わるので、星の方向も1年周期の円を描いて変わる。これが
年周光行差である。

年周光行差はイギリスのブラッドレーが年周視差の検出を目指して恒星の精密な位置観測を行うなかで、1927年に偶然発見された。

光行差定数が年周視差よりも1桁以上大きいので年周光行差のほうが先に発見されたのである。

年周視差の大きさが恒星の距離に反比例しているのに対し、年周光行差で描く楕円の半長径の角度は、星に関係なく一定である。この角度は20秒5で
「光行差定数」と呼ばれている。

自転の証拠

フーコーの振り子の実験が有名である。

フランスのフーコーが1851年に始めたもので、重い重りを付けた長い振り子を振らせると、振り子の振動面がゆっくり回転する実験である。

北半球では時計方向、南半球では反時計方向である。

振動面の1日当たりの回転角は、地球の両極で360度であるが、緯度が低くなるほど小さくなり、赤道上で0度である。



歳差

地球の自転軸の方向は、宇宙空間内で非常にゆるやかに変化している。

黄道の両極を結ぶ線を軸として一定の傾きを保ったまま、黄道の北極から見て時計方向に
約2万6000年の周期でほぼ一様に回っている。

この歳差はギリシャのヒッパルコスが、数百年にわたる恒星の位置の肉眼観測の結果をもとに、
春分点が西向きに移動している現象として発見したものである。

地球に対する太陽や月の位置関係の周期的変化に伴い、歳差の原因となる作用も周期的に変化している。

したがって歳差も、一様な動きにいろいろな振幅の周期的動きが重なっている。

そこで一様な動きを歳差と呼び、周期的な動きを章動と呼んで区別している。





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